家庭の味「やたら漬」
山形駅から全国へ

お話を伺った新関副社長。楽しいお話をいろいろ聞かせてくださいました。
「丸八やたら漬の創業は明治18年。2代目が味噌・醤油醸造業のノウハウで副産物として漬物加工をスタートさせたのがはじまりです。やがて山形に鉄道が通り、同34年に山形駅が開業すると、鉄道弘済会(現東日本キヨスク株式会社)の後押しがあり『やたら漬』を駅でお土産品として販売するようになりました。これがやたら漬の名前を急速に全国へ広めるきっかけとなり、昭和40年頃からは漬物専門店に。今日の礎ができあがりました。」
この「やたら漬」、もともとは山形の各家庭で欠かすことなく作られていた漬物を商品化したものなのだそうです。
昔は「余り物の大根の皮やにんじんの皮、きゅうりのへたなどを塩で揉み込んで布の袋に入れ、袋ごと味噌の中に放り込んでおいたものを時間をおいて取りだし醤油で味を調えて食べたもので、越冬食として重宝されていたようです。『やたら漬』の語源は『むやみやたら、めったやたら』から来ていて、とにかくいろいろな野菜を皮だろうがへただろうが何でもかんでも材料にしたことからこう呼ばれるようになったのです。」
まさに東北地方の先人の知恵と工夫が息づいた逸品です。
100余年の歴史を刻み続けた4つの蔵
30畳ほどの広さがある蔵座敷は宴会や法要にも対応。
「この蔵が最初に建てられたのは明治の初期のこと。その後明治44年に山形市大火により焼失してしまったものの、大正2年に改修されました。その時の豆蔵、座敷蔵、醤油蔵、土蔵が今もなお残り、使われています。大火の教訓から、とても頑丈に作られているんですよ。」
かつての左官職人が仕上げたという磨き漆喰壁が残された畳の蔵座敷、つややかに磨き上げられたあめ色の板座敷−。創業100余年の歴史の足跡が随所にうかがえます。
漬物寿司誕生の意外なエピソード
香味庵まるはちの看板メニューである漬物寿司は1260円から。
「平成に入ると、国体の開催や山形新幹線開業など大きなイベントを迎える同4年に合わせ、それまでビルや店舗の一角で展開していた飲食ブースを拡大、かつての蔵を活用した本格的な食事処『香味庵まるはち』としてオープンしました。」
オシャレな雰囲気の店内で山形の地酒や郷土料理が味わえるお店として評判の「香味庵まるはち」ですが、なんといっても漬物をお寿司のネタに見立てる「漬物寿司」が名物の一つです。
「父の代のとき、よく山形県漬物協同組合(※1)の主催で漬物の品評会をやっていたんです。あるときゲストで映画監督の山本嘉次郎先生(※2)がお見えになって、山形の漬物の多さに驚いたそうなんです。また、そういえば山形は米どころだねっていう話にもなり、そこで父がぴんときてごはんの上にミョウガの甘酢漬をのせて『お待たせしました、トロでございます』と言って出したのが漬物寿司の始まりなんですよ。それがちょうど昭和40年くらいのこと。奈良漬をかずのこ、大根をイカ、菊の花びらをウニに見立てたりと、お客様が目と舌で楽しめるさまざまな漬物寿司をお出ししてました。そして現在も、この漬物寿司が大好評です。」
料理人の技と遊び心がふんだんに詰まった漬物寿司の誕生には意外な人物の関わりがあったようです。
※1山形県漬物協同組合:
県産漬物の需要拡大と組合員の製造技術の向上を目的とし、山形県の漬物の名声を広く全国に広めながら、将来に向けて成長発展をはかっている。
※2山本嘉次郎:
昭和期の映画監督であり随筆家。おびただしい東宝喜劇映画を作る一方、『馬』『ハワイ・マレー沖海戦』など道標的名作を残し、黒澤明、エノケンなどを育て上げた。博学、グルメでもあったことでも有名。
手間ひまを惜しまない、
老舗の仕事

人の手により、一本一本ていねいに巻かれていきます。
「伝統的な古漬系統の商品に加え、最近では甘酢で漬けた『虎の巻』のように、浅漬感覚で食べられる商品も作っているんですよ。」
「虎の巻」は1日でおよそ100本を売り上げるという人気商品。その1本1本が人の手で丹念に巻かれ、出荷されていきます。
「毎年11月になると霜が降りる前に青菜を収穫、青菜漬やおみ漬の仕込みがはじまります。厳しい寒さの中、何十トンという青菜を一つひとつ洗って漬け込んでいく、つらく地道な作業ですが、こうした手間ひまを惜しまないからこそ、おいしい漬物ができるんです。」
労をいとわない作り手たちの姿勢に改めて感謝です。
「山形らしさ」への
徹底したこだわり

山形のさまざまな特産品を使った漬物が作られています。
「材料には極力、国産県産のものを使用しています。来年までには県産の材料の割合を高め、さらに安全でおいしい商品を供給できるよう今から取り組んでいるんです。」
紅花やさくらんぼ、もってのほかなど、山形の特産品を使った漬物が多いのも、丸八やたら漬の特徴です。
「やっぱり山形に来たからには『また来たいね』といって帰ってもらいたいじゃないですか。だからこそ『山形らしさ』にはこだわり続け、県外のお客様にも喜んでいただける商品を提供していきたいですよね。」
余談ですが、新関さんは山形市の秋の風物詩「日本一の芋煮会」の発起人でもあるそうです。
「山形にはせっかく芋煮という全国に誇れる食文化があるのに、それを県外の人に味わってもらうための受け皿が不足していたんです。大鍋で芋煮をふるまうことを思いついてから、それをいざ実現するまでは大変な紆余曲折がありましたが、県外から多くの観光客を呼び込むきっかけになったと思います。」
県内外のファンに支持され続ける丸八やたら漬の味の源には、素晴らしい山形の食文化を受け継ぎ、全国に発信していきたいという新関さんの並々ならぬ情熱が存在していました。
伝統を守りながらも
前進し続ける漬物づくり

店頭には約30種類の漬物が並び、試食して商品を選ぶことができます。
「『オーからい』とか『もっとおかわり』といった商品のネーミングには、漬物がおみやげ品としてだけではなく、毎日の食卓に欠かせない一品として愛され続ける存在であって欲しいという願いがこめられているんです。」
確かに、ユニークで親しみやすい商品名からは、家族で漬物を囲む賑やかな食卓の情景が目に浮かんでくるようです。
「今は昔と違って、白いご飯と漬物があれば幸せという時代ではないでしょう。これだけ食生活が豊かになった今、漬物はだんだん嗜好品的な要素に変わりつつあると思うんです。ただ、お米が食べ続けられる限り、漬物が欲される食材であることも確か。そんな時代の中で、いつまでも飽きられない家庭の味を提供していくのが我々の挑戦でもあるんです。」
老舗としての伝統とのれんを守りながらも、時代の流れを捉え常に前進していく丸八やたら漬のチャレンジングな姿勢から、これからも数々のヒット商品が生み出されていくことでしょう。